はじめに|箇条4「組織の状況」はなぜわかりにくいのか
ISO45001を初めて読むと、箇条4「組織の状況」は少し抽象的に感じるかもしれない。
「組織及びその状況の理解」「働く人及びその他の利害関係者のニーズ及び期待」「労働安全衛生マネジメントシステムの適用範囲」など、普段の安全衛生活動ではあまり使わない言葉が出てくるためである。
しかし、箇条4は難しく考えすぎる必要はない。
実務的には、次のように考えるとわかりやすい。
自社の安全衛生活動を始める前に、会社の状況、関係者、対象範囲を整理するための要求事項
つまり、箇条4はISO45001の土台である。
ここが曖昧なままだと、後のリスクアセスメント、目標設定、運用管理、内部監査も曖昧になりやすい。
この記事では、ISO45001の箇条4について、初任担当者が実務で確認すべきポイントをわかりやすく整理する。
ISO45001の箇条4「組織の状況」とは何か
箇条4では、労働安全衛生マネジメントシステムをつくる前提として、自社を取り巻く状況を理解することが求められる。
大きく分けると、次の4つのテーマがある。
- 組織及びその状況の理解
- 働く人及びその他の利害関係者のニーズ及び期待の理解
- 労働安全衛生マネジメントシステムの適用範囲の決定
- 労働安全衛生マネジメントシステムの確立・実施・維持・改善
初心者の担当者は、まずこの4つを次のように理解するとよい。
- 自社にはどのような安全衛生上の特徴や課題があるか
- 安全衛生に関係する人や組織は誰か
- ISO45001の対象範囲はどこまでか
- その範囲で安全衛生の仕組みを運用できているか
箇条4は、単に書類を作るための要求事項ではない。
自社の現実に合った安全衛生マネジメントシステムをつくるための出発点である。
箇条4.1|組織及びその状況の理解
箇条4.1では、自社の目的や事業活動に関係し、労働安全衛生マネジメントシステムに影響する内外の課題を把握する。
初心者向けに言えば、次のような問いを整理することである。
自社の安全衛生活動に影響する会社の特徴や外部環境は何か
内部の課題の例
内部の課題とは、会社の中にある安全衛生上の特徴や課題である。
例としては、次のようなものがある。
- 高所作業、重量物取扱い、化学物質取扱いなど危険性の高い作業がある
- ベテラン作業者の退職により、技能伝承が課題になっている
- 外国人労働者や派遣労働者が増えている
- 夜勤、交替勤務、長時間労働がある
- 設備の老朽化が進んでいる
- ヒヤリハット報告が少ない
- 安全教育の内容が部門ごとにばらついている
- メンタルヘルス不調や休職者への対応が課題になっている
- 複数拠点で安全衛生管理のレベルに差がある
外部の課題の例
外部の課題とは、会社の外から自社の安全衛生活動に影響する要因である。
例としては、次のようなものがある。
- 労働安全衛生法令の改正
- 化学物質管理に関する規制強化
- 顧客からの安全衛生管理要求
- 元請会社からの安全ルール要求
- 人手不足による未経験者の増加
- 高年齢労働者の増加
- 自然災害や感染症への対応
- サプライチェーン上の安全衛生要求
- ESG、サステナビリティ、人的資本経営への関心の高まり
このように、箇条4.1では「自社の安全衛生活動に影響する要因」を広く見ることが重要である。
ただし、何でも書けばよいわけではない。
ISO45001の目的に関係するもの、つまり働く人の安全と健康、労働安全衛生マネジメントシステムに影響するものに絞って整理する。
箇条4.2|働く人及びその他の利害関係者のニーズ及び期待
箇条4.2では、働く人及びその他の利害関係者のニーズ及び期待を把握する。
「利害関係者」という言葉は難しく聞こえるが、実務では次のように考えるとよい。
自社の安全衛生活動に関係する人や組織
ISO45001では、特に「働く人」が重要である。
働く人には、自社の従業員だけでなく、業務の状況によってはパート、アルバイト、派遣労働者、請負業者、協力会社の作業者などが関係する場合もある。
利害関係者の例
- 自社の従業員
- パート、アルバイト
- 派遣労働者
- 請負業者、協力会社
- 顧客
- 親会社、グループ会社
- 元請会社
- 行政機関、労働基準監督署
- 地域住民
- 株主、投資家
- 産業医、社労士、外部専門家
- 労働組合
ニーズ及び期待の例
- 安全な作業環境で働きたい
- 危険な作業について十分な教育を受けたい
- 労働災害を防止してほしい
- 化学物質や有害業務のリスクを適切に管理してほしい
- 長時間労働やメンタルヘルス不調を防いでほしい
- 法令を守ってほしい
- 請負業者にも安全ルールを共有してほしい
- 顧客や元請の安全衛生要求を満たしてほしい
- 災害時や緊急時の対応を明確にしてほしい
ここで大切なのは、すべての利害関係者の期待に無条件で応えるという意味ではないこと。
自社の労働安全衛生マネジメントシステムに関係するものを整理し、必要に応じて要求事項として扱うものを明確にする、という考え方である。
箇条4.3|適用範囲を決める
箇条4.3では、労働安全衛生マネジメントシステムの適用範囲を決める。
適用範囲とは、簡単に言えば次のことである。
ISO45001の仕組みをどこまでの組織・場所・活動に適用するか
たとえば、次のような観点で整理する。
- 対象となる事業所
- 対象となる部門
- 対象となる業務や作業
- 対象となる働く人
- 請負業者や外部委託業務との関係
- 管理できる範囲と影響を及ぼせる範囲
適用範囲の例
例1:製造業の場合
「本社工場における金属部品の製造、検査、出荷に関わる労働安全衛生マネジメントシステム」
例2:建設関連企業の場合
「本社及び各工事現場における施工管理業務及び関連する労働安全衛生活動」
例3:物流業の場合
「〇〇物流センターにおける入出荷、保管、荷役、配送管理に関わる労働安全衛生マネジメントシステム」
適用範囲を決めるときの注意点
適用範囲は、会社が自由に決められる部分もあるが、都合の悪い作業やリスクの高い業務を不自然に除外することは望ましくない。
適用範囲を決めるときは、箇条4.1で整理した内外の課題、箇条4.2で整理した利害関係者のニーズ及び期待、実際の業務内容、管理できる範囲などを踏まえる必要がある。
初任担当者は、既存の適用範囲がある場合でも、次の点を確認しておくとよい。
- 実際の事業活動と適用範囲が合っているか
- 新しい拠点や業務が増えていないか
- 請負業者や外部委託業務との関係が整理されているか
- 危険性の高い作業が不自然に対象外になっていないか
- 審査登録証やマニュアルの記載と実態が合っているか
箇条4.4|労働安全衛生マネジメントシステムを運用する
箇条4.4では、ISO45001に基づく労働安全衛生マネジメントシステムを確立し、実施し、維持し、継続的に改善することが求められる。
初心者向けに言えば、次のような意味である。
決めた適用範囲の中で、安全衛生活動を仕組みとして動かし続ける
ここでは、箇条4で整理した内容が、その後の箇条5〜10につながっていくことを理解するのが大切である。
たとえば、
- 内外の課題は、リスクや機会の検討につながる
- 働く人や利害関係者のニーズは、方針や目標、運用管理に影響する
- 適用範囲は、リスクアセスメント、教育、内部監査、マネジメントレビューの対象に関係する
- マネジメントシステムの運用状況は、パフォーマンス評価や改善につながる
箇条4は単独で完結するものではなく、ISO45001全体の入口として機能する。
箇条4で作成・確認するとよい記録例
ISO45001では、箇条4のすべてについて必ず決まった様式の文書を作る、という考え方ではない。
ただし、実務上は、内容を整理した記録や資料があると、審査対応や社内説明がしやすくなる。
中小企業の担当者であれば、次のような資料を確認・作成するとよい。
記録・資料の例
- 内外の課題一覧表
- 利害関係者及びニーズ・期待一覧表
- 労働安全衛生マネジメントシステムの適用範囲
- 組織図、拠点一覧、業務フロー図
- 対象業務・対象作業の一覧
- 請負業者、協力会社、外部委託業務の一覧
- 安全衛生活動の年間計画
- 労働災害、ヒヤリハット、健康課題の傾向資料
- 法的要求事項一覧との関連資料
簡単な整理表の例
| 項目 | 内容例 | 関連する確認事項 |
|---|---|---|
| 内部の課題 | 設備の老朽化、若手作業者の増加 | リスクアセスメント、教育 |
| 外部の課題 | 化学物質管理の規制強化 | 法的要求事項、運用管理 |
| 利害関係者 | 従業員、請負業者、顧客 | ニーズ及び期待 |
| ニーズ・期待 | 安全教育、法令順守、緊急時対応 | 目標、運用、教育 |
| 適用範囲 | 本社工場の製造・検査・出荷業務 | 対象部門、対象作業 |
このような簡単な表でも、箇条4の考え方を整理するには十分役立つ。
初任担当者が箇条4でつまずきやすいポイント
つまずき1:「組織の状況」を経営分析のように考えすぎる
箇条4.1は、一般的な経営戦略分析を求めているわけではない。
ISO45001では、あくまで労働安全衛生マネジメントシステムに影響する課題を整理することが重要である。
SWOT分析のような形で整理してもよいが、目的は「安全衛生活動に関係する前提を把握すること」である。
つまずき2:利害関係者を広げすぎる
利害関係者は広く考えることができるが、すべてを同じ重みで扱う必要はない。
ISO45001に関係する利害関係者、特に働く人、請負業者、行政、顧客、元請など、自社の安全衛生に影響する関係者を中心に整理する。
つまずき3:適用範囲が実態とずれている
組織変更、新規事業、拠点追加、外部委託の増加などがあると、適用範囲が実態とずれることがある。
年に1回程度、または大きな変更があったときには、適用範囲が現状に合っているか確認するとよい。
つまずき4:箇条4で整理した内容が後続の要求事項につながっていない
箇条4で内外の課題や利害関係者を整理しても、それが箇条6のリスク・機会、箇条8の運用、箇条9の評価につながっていなければ、形だけの資料になってしまう。
箇条4は「作って終わり」ではなく、後続の活動に反映させることが大切である。
箇条4のチェックリスト
初任担当者は、まず次の項目を確認するとよい。
- 自社の安全衛生に影響する内部の課題を整理しているか
- 自社の安全衛生に影響する外部の課題を整理しているか
- 働く人及びその他の利害関係者を整理しているか
- 利害関係者のニーズ及び期待を確認しているか
- その中で、労働安全衛生マネジメントシステムに関係する要求事項を整理しているか
- 適用範囲が明確になっているか
- 適用範囲が実際の事業活動と合っているか
- 請負業者や外部委託業務との関係を整理しているか
- 危険性の高い作業が不自然に対象外になっていないか
- 箇条4で整理した内容が、リスクアセスメントや目標設定に反映されているか
- 組織変更や業務変更があったときに、箇条4の内容を見直しているか
よくある質問
Q1. 箇条4「組織の状況」は必ず文書化しなければなりませんか?
ISO45001では、箇条4のすべてについて必ず特定の様式で文書を作る、という考え方ではありません。
ただし、内外の課題、利害関係者、適用範囲を整理した資料があると、社内説明や審査対応で説明しやすくなります。中小企業では、一覧表形式で簡潔に整理する方法が実務的です。
Q2. 内外の課題はどのくらい詳しく書けばよいですか?
重要なのは、労働安全衛生マネジメントシステムに影響する課題を整理することです。
一般的な経営課題を幅広く書くよりも、危険作業、設備、働く人の構成、法令改正、顧客要求、請負業者管理など、安全衛生に関係するものに絞ると整理しやすくなります。
Q3. 利害関係者には誰を含めればよいですか?
まずは、働く人、自社の従業員、派遣労働者、請負業者、協力会社、顧客、元請、行政機関などを確認するとよいです。
ただし、業種や働き方によって関係者は異なります。自社の安全衛生活動に影響する人や組織を中心に整理しましょう。
Q4. 適用範囲はどこまで含めるべきですか?
適用範囲は、事業所、部門、業務、作業、働く人、外部委託との関係などを踏まえて決めます。
重要なのは、実態と合っていることです。危険性の高い作業や重要な業務を不自然に除外していないか、事業変更や組織変更後も合っているかを確認しましょう。
Q5. 箇条4はどのくらいの頻度で見直せばよいですか?
決まった頻度だけでなく、組織変更、新規事業、拠点追加、作業内容の変更、法令改正、重大災害、顧客要求の変化などがあったときに見直すことが重要です。
実務上は、内部監査やマネジメントレビューの前に確認しておくと、後続の活動にも反映しやすくなります。
注意すべき法令・公的情報
箇条4では、法令そのものの詳細解説は中心テーマではないが、外部の課題や利害関係者のニーズを整理するうえで、労働安全衛生に関する公的情報の確認が重要になる。
実務では、次のような情報源を確認するとよい。
- 厚生労働省:労働安全衛生法、労働災害防止、化学物質管理、メンタルヘルス、過重労働対策など
- 都道府県労働局:地域の労働災害発生状況、監督指導方針、講習情報など
- 労働基準監督署:個別事業場での届出、指導、相談など
- 中央労働災害防止協会:安全衛生活動、リスクアセスメント、安全衛生教育など
- ISO:ISO45001及び関連するマネジメントシステム規格に関する情報
- ILO:国際的な労働安全衛生の考え方やガイドライン
まとめ|箇条4はISO45001の土台を整える要求事項
ISO45001の箇条4「組織の状況」は、抽象的に見えるが、実務では非常に重要な出発点である。
箇条4で確認することは、主に次の4つである。
- 自社の安全衛生に影響する内外の課題
- 働く人及びその他の利害関係者のニーズ及び期待
- 労働安全衛生マネジメントシステムの適用範囲
- その範囲で仕組みを運用し、改善すること
ここで整理した内容は、箇条6のリスクアセスメントや目標設定、箇条8の運用管理、箇条9の内部監査やマネジメントレビューにもつながる。
初任担当者は、まず「自社の安全衛生活動に影響する前提条件を整理する」という視点で箇条4を読むとよい。
次回は、箇条5「リーダーシップ及び働く人の参加」について、トップマネジメントの関与や、働く人の参加・協議を実務でどう考えればよいかを解説する。

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